大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台地方裁判所 昭和55年(ワ)1309号 判決

原告 北宮城菱農株式会社

右代表者代表取締役 板垣清作

右訴訟代理人弁護士 本林徹

同 内田晴康

同 山岸良太

同 小林啓文

被告 佐々木京子

右訴訟代理人弁護士 藤本照男

主文

一  被告は原告に対し、一億〇一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年九月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、一億〇二九四万円及びこれに対する昭和五五年九月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(当事者)

原告は、農業機械の販売、整備等を業とする株式会社であり、被告は、昭和五五年六月一四日に死亡した原告代表取締役佐々木鋭次(以下「亡鋭次」という。)の妻である。

2(大型版共済保険)

(一)  原告は、亡鋭次の前の社長である吉田憲雄(以下「亡吉田」という。)が存命中の昭和五〇年ころから、企業防衛及び従業員の福利厚生等の観点から、商工会議所が、会員事業所の商工会共済制度の一環として日本団体生命保険株式会社(以下「団体生命」という。)に委託して取り扱う、大型版共済制度の保険(以下「大型版共済保険」という。)に加入を始めた。

(二)  大型版共済保険は、主として中小の企業が、従業員の死亡の場合の退職金、弔慰金等の支出に備え、事故、病気の場合に従業員が負担する費用を補い、役員、特に中小企業の経営者の死亡によって会社が被る経済的損失を軽減し、倒産を回避して企業を防衛するという機能を果たそうとするものであり、企業が加入、契約して保険料を支払い、被保険者を従業員又は役員等とし、受取人を契約者である企業とするものである。従って、被保険者が代表取締役である場合には、昭和五〇年当時でも数千万円という高額の保険金が支払われる契約も行われていた。

3(本件契約)

(一)  亡鋭次は、昭和五三年一二月半ばころ、原告代表取締役として、当時の団体生命古川営業所(以下「古川営業所」という。)所長笹山壽(以下「笹山」という。)との間で、亡鋭次を被保険者とし、大型版共済保険の中でも最も保険金の高いものに加入することで話を進め、昭和五三年一二月二一日、大型版共済保険の無配当新定期保険契約(左記(1))と医療保険すなわち医療給付金付個人定期保険契約(左記(2)、なお、以下左記(1)、(2)の保険契約を総称して「本件契約」という。)の申込書(以下「本件申込書」という。)に、古川営業所の担当社員片寄次雄(以下「片寄」という。)が必要事項を記入して原告事務所に持参し、亡鋭次が原告名下に代表者印を、被保険者名下に亡鋭次の個人印を押印した。

(1) 無配当新定期保険

保険契約者      原告

被保険者       亡鋭次

入院手術給付金受取人 被保険者

死亡保険金受取人   契約者(原告)

死亡保険金      一億円

保険期間       一〇年間

始期 昭和五四年二月一日(契約日)

終期 昭和六四年一月三一日

保険の種類      掛捨の定期保険

保険料負担者     原告

入院、手術特約    日額一万円

(2) 医療保険

保険契約者      原告

被保険者       亡鋭次

入院、看護、手術給付金受取人

被保険者

死亡保険金受取人   契約者(原告)

入院、看護給付金   日額一万円

死亡保険金      一〇〇万円

手術給付金  一五万円ないし五〇万円

保険期間   五年間

始期 昭和五四年五月一日(契約日)

終期 昭和五九年四月三〇日

保険の種類      掛捨の定期保険

保険料負担者     原告

(二)  ところが、翌日の昭和五三年一二月二二日、亡鋭次が笹山を原告事務所に呼び寄せ、本件申込書の保険金の受取人を亡鋭次の妻佐々木京子(被告)に変更し、保険証券は亡鋭次が他の社員のものとは別に個人で保管するので以後この件の連絡は原告とは別に亡鋭次だけにするようにすることなどを要請した。笹山は、大型版共済保険の趣旨、従来の原告の加入形態などからみて不自然さを感じたものの、高額の保険加入者としての得意先を逃がしたくないという気持からこれを承諾した。そして、本件申込書の死亡保険金受取人欄に契約者と記載してあった(○印を付すことで特定)のを抹消し、訂正印を押印した上、新たに被告名を受取人として記載した。

(三)  その後、必要な事務手続を経たうえで、本件契約中前記(1)の保険については昭和五四年二月一日、(2)の保険については同年五月一日成約に至り、原告において所定の保険料を支払っていたが、昭和五五年六月一四日亡鋭次が、癌により入院、手術の後死亡したところ、被告は同年九月一九日、団体生命に対し本件契約の保険金(以下「本件保険金」という。)の請求手続を行い、本件保険金を左記のとおり(合計一億〇二九四万円)受領した。

(1) 無配当新定期保険

入院給付金    六七万円

手術給付金    三〇万円

死亡保険金    一億円

(2) 医療保険

入院給付金    六七万円

手術給付金    三〇万円

死亡保険金    一〇〇万円

4(不当利得)

(一)  受取人指定の無効

(1) 前記のとおり亡鋭次が、本件申込書の本件死亡保険金受取人欄に被告名を記入し、本件契約において本件死亡保険金の受取人を被告に指定した行為は、原告の重要人材死亡時における企業防衛という本件契約の趣旨に反し、代表権限を冒用する背任行為であって、無効である。

(2) 従って、本件契約は、受取人の指定のない生命保険契約と同様の効力を生じるものと解すべきであるが、受取人の指定のない生命保険契約においては、保険契約者自身を受取人と解するのが保険法上の一般理論であるから、本件契約における保険金の受取人は原告である。

(3) しかるに、被告は、保険証券上受取人と記載されていたのを奇貨として、昭和五五年九月一九日、受取人でないのに、本件契約の死亡保険金として一億〇二九四万円を受け取り、原告は、右保険金を受領し得ないという損失を受けた。

(4) すなわち、被告の本件保険金受取行為は法律上の原因に基づかないで保険金相当額を利得したものである。

(二)  背任行為による悪意利得

(1) 亡鋭次は、原告の代表取締役として、自己が死亡する前に、本件契約において被告に指定した受取人を原告に変更する手続を速やかに行い、原告に損失が生じないようにすべき任務を有していたにもかかわらず、これを怠り、特に、昭和五五年三日半ば過ぎころから、原告の監査役西塚彰(以下「西塚」という。)が亡鋭次に対し、商法二七五条の二のいわゆる監査役の差止請求権に基づき、代表取締役である亡鋭次が大型版共済保険としての本来の本件契約の趣旨に反して受取人を被告と記載し、そのため原告が本件保険金を受け取れない事態におちいって、原告に著しい損害が生じるのを防ぐため、亡鋭次に対し、直ちに受取人を原告に変更する手続をとるよう求めたにもかかわらず、亡鋭次は受取人変更手続を拒み続け、この不作為による背任行為により、被告に本件保険金を受領させ、原告の損失により被告に利得を与えた。

(2) 被告は、亡鋭次の右不作為による背任行為により自己が本件保険金を受け取れるようになったことを知ったうえで本件保険金を受領した。

(三)  以上のとおり、本件契約は、受取人の指定行為が無効であるため、受取人の記載のない保険契約と同様に、受取人を保険契約者(原告)であるとみるべきであるにもかかわらず、又は、本件契約の締結にあたり、亡鋭次には原告に対する前記のとおりの背信行為があり、監査役の請求に対してもこれを拒み続けて、被告を受取人のままにしておき、被告はそのことを知っていたにもかかわらず、本件保険金を受領したことにより、被告は原告に対し、本件保険金相当額について、法律上の原因なくして不当にこれを利得したものというべきである。

5 よって、原告は被告に対し、不当利得返還請求権に基づき一億〇二九四万円及びこれに対する昭和五五年九月二〇日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1項については認める。

2  同第2項については、大型版共済保険が従業員については、その死亡の場合の退職金、弔慰金の支出に備え、また事故、病気の場合は従業員が負担すべき費用を補うためにあることは認め、その余は否認する。

3  同第3項は不知、なお、被告が、原告主張のとおり、本件保険金を受領したことは認める。

4  同第4項は否認する(但し、被告が昭和五五年九月一九日、本件保険金一億〇二九四万円を受領したことは認める。)。

5  本件契約は、原告と団体生命との間において被告を受取人とする保険契約として有効に成立し、被告はその正当な受取人として前記のとおり本件保険金を受領したものである。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因第1項については当事者間に争いがない。

二  本件契約とその効果について

1  《証拠省略》並びに一記載の争いのない事実を総合すれば、以下の事実が認められる。すなわち、

(一)  本件契約の対象となった大型版共済保険は、宮城県古川市の商工会議所の会員事業所、その社長又は幹部社員などを対象とし、団体で加入する、いわゆる掛け捨ての保険であって、掛金の低額なのに比し保険金額が多額で、税制上の恩典もあるため、不測の事故などにより幹部社員が死亡したりした場合に企業に生じる損失を補てんすることに備えて、中小企業を中心に利用される傾向があり、その一般的な契約形態は、企業が契約し、被保険者を役職員、受取人を企業とするものである(この場合、税制上掛金の全額を損金として計上することが認められる。)。

そして、その内容は、請求原因第3項の(一)記載の本件契約のような形をとるのが一般的な例の一つである。

(二)  原告も、昭和五〇年九月一日、この大型版共済保険に加入した。当初は、原告が契約し、当時の社長亡吉田を被保険者、受取人を原告とし、保険金を三〇〇〇万円とするものであって、昭和五三年一〇月二一日亡吉田が死亡したため、右保険金が原告に支払われた。ちなみに、昭和五六年五月ころの時点において、原告の一八名の社員中七名が被保険者として加入し、原告が支払っている保険料は毎月八万八〇〇〇円余り、保険金額は社長が五〇〇〇万円、取締役二名が各一〇〇〇万円、他の四名(営業担当社員)が各五〇〇万円であり、いずれについても原告が契約をし、保険料を支払い、受取人も原告となっている。

(三)  前記亡吉田の死亡保険金が支払われたころの昭和五三年一二月、笹山と亡鋭次(亡鋭次は昭和五三年一二月一日原告の代表取締役に就任した。)は、亡吉田の場合と同様の形態で、亡鋭次を被保険者とする大型版共済保険に原告が加入することで折衝を行い、契約保険金額を最高額の一億円とすることで話し合いがまとまった。右話し合いは、宮城県古川市の原告の会計全般を取り扱っている公認会計士事務所で行われたが、暮の一二月二一日でもあり、年度末の受付の締切に間に合わせるために早々に契約を進めることとなり、即日、笹山が原告との契約を担当していた社員(片寄)とともに、原告事務所へ同行し、持参した本件申込書(その内の前記(1)の無配当新定期保険についてのもの、以下「本件申込書(1)」という。)に必要事項を記載(入院給付金、手術給付金の受取人は被保険者たる亡鋭次、死亡保険金の受取人は契約者((すなわち、原告))とした。)の上、亡鋭次から原告名下に代表者の、亡鋭次名下に同人の、個人印の押印を得た。

(四)  ところが、その後間もなく、亡鋭次は、笹山を原告事務所へ呼び出し、死亡保険金の受取人を亡鋭次の妻である被告に変更するとともに、そのことを原告の他の者には秘しておくよう申し入れた。笹山としては、従前原告において本件保険に加入してきたいきさつや目的などからみて不自然に感じはしたものの、高額の保険に加入する得意先からの要請でもあるのでこれを受け入れることとし、再度片寄社員が原告事務所へ行き、当初、死亡保険金の受取人欄の契約者の項目に○印を付することによって受取人を原告と指定していた右○印に、×印を付して抹消し、その部分に亡鋭次名の訂正印を得、新たに死亡保険金の受取人として被告名を記入した。そして、本件申込書(1)は、団体生命の本社に送付され、昭和五四年二月一日成約のはこびとなり、保険証券も亡鋭次に交付された。

また、前記(2)の医療保険についても、ほぼ同様の手順により(入院、看護、手術給付金受取人は被保険者たる亡鋭次、死亡保険金受取人は原告から被告に書き換えられて)、昭和五四年五月一日、成約のはこびとなった。

(五)  しかるに、昭和五四年五月ころから亡鋭次が胃癌のため入院し、原告の昭和五四年度の監査に立ち会った取締役斎藤敏雄(以下「斎藤」という。)が、本件契約の掛金が高過ぎると感じて、当時原告の管理部長であった板垣清作(以下「板垣」という。)に調査を命じたところから、昭和五五年三月ころ、亡鋭次が本件契約のうち(1)の保険の死亡保険金一億円、(2)の保険の死亡保険金一〇〇万円の受取人をいずれも被告としていたことが発覚した。

(六)  そこで、斎藤は、板垣部長に対し、本件契約の死亡保険金の受取人を原告に変更する手続をとるよう指示し、板垣は、亡鋭次の出身である三菱農機株式会社(以下「三菱農機」という。原告は三菱農機の系列販売店である。)仙台支店の業務課長でもあり、原告の監査役でもあった西塚やその上司とも連絡をとり、原告に名義を変更するのに必要な、亡鋭次の印鑑(原告代表者印、個人印)、保険証券を渡してもらえるよう亡鋭次を説得することとし、昭和五五年四月の初めころ、西塚が入院中の亡鋭次を訪れたが、病状が重く、込みいった話のできる状態ではなかったので留保し、被告に事情を説明して協力を求めたところ、被告は、自分では何とも言えないので直接亡鋭次に相談するよう求めた。

(七)  同年五月ころ、亡鋭次の病状が落ち着いたとの連絡を被告から受けた西塚が再び病院に行き、名義変更を求めたところ、亡鋭次は、自ら考えがあってしたことでもあり、近く退院できるので、退院したら早速名義変更手続をするからそれまで待っているようにと言うのみで、印鑑も本件契約の保険証券も渡さなかった。そのため西塚や原告側としても、社長でもあり、病人をいじめるようなことになるのも不本意であるとの配慮もあって、一応それ以上の追求を控えていたところ、同年六月一四日、亡鋭次は胃癌により死亡した。

(八)  同年六月一八日、原告側は、被告の姉の夫の磯目紀(以下「磯目」という。被告は、亡鋭次の死亡を機に、本件契約に関する一切を磯目に委任した。)と、本件契約について三菱農機仙台支店で話し合う機会を持ち、その場には、三菱農機仙台支店長、販売部長、支店長付の中村弘(以下「中村」という。)が出席した。磯目は昭和二一年に大学を卒業後、昭和五五年まで明治生命保険相互会社に勤務し、保険制度にはくわしい者であった。

右話し合いの中で、原告側が、本件保険の性格、保険料の負担者が原告であること、亡鋭次が被保険者となっている本件契約のいきさつなどを説明したところ、磯目は、原告に好意的な応答をし、名義変更手続を行うことを勧めたりした上、被告ら亡鋭次の遺族の以後の生活や身の振り方を心配し、亡鋭次の死亡によって、被告とその子供達が退去しなければならなくなる社宅についても、相当期間居住ができるよう配慮して欲しい旨の依頼をした。

(九)  更に同年六月二四日、中村が三菱農機仙台支店で被告と会い、前記社宅の件については明け渡しを特に急ぐ必要もないこと、本件保険金については原告が受け取るべきものであることなどを話したが、被告は、保険金の件については磯目に一任してある旨を答えたのみであった。

(一〇)  その後同年七月一六日、原告本社の裏の旅館で、話し合いが持たれ、原告側からは、斎藤、板垣のほか二名の役員、三菱農機からは中村のほか一名、被告側は磯目と被告が出席した。

その席で、原告側が本件保険、本件契約の趣旨、内容等を説明したのに対し、磯目は、実質的に保険金が原告に帰属すべきものであることを了承したが、亡鋭次死亡の段階に至っては、受取人を被告から原告に変更することが手続上無理であることが確認されたため、一応被告名義で保険金を受領した上で、被告から原告に交付する方向で検討することとし、但し、その場合、保険金に対し課税されるおそれがあるので、その際は、税については原告側で負担するという方向で相互に一応の了解に達した。そこで、中村は、右打ち合わせ事項の骨子を文章化して、同年七月二八日ころ磯目に送付し、あわせて右文書に承認する旨の押印を求めた。

(一一)  しかるに、被告側は、右文書への署名、押印を拒絶し、同年九月一九日被告代理人藤本弁護士に委任して、団体生命から本件保険金の支払いを受けた(被告が本件保険金を受領したことは当事者間に争いがない。)。

(一二)  その翌日の九月二〇日、原告側は、被告の三菱信託銀行株式会社仙台支店の被告名義の口座に振り込まれた本件保険金に対する仮差押え手続を行い(仙台地方裁判所昭和五五年(ヨ)第五二八号債権仮差押事件)、被告側からは、保険金を半額ずつ分けることで示談するという案が提示されたりしたが、原告側ではこれに応じなかったため、結局本件訴訟となった。

《証拠判断省略》

2  以上説示した事実関係に照らすと、本件契約は、原告と団体生命との間においては、死亡保険金受取人を被告と指定した保険契約として、有効に成立したものと解するのが相当であって、亡鋭次が原告代表者として行った、本件契約の保険金受取人の指定行為自体を無効であるとする原告の主張は、採用し難い。

しかしながら一方、前記認定事実及び《証拠省略》によって明らかな、大型版共済保険の性格、これに原告が加入するようになった動機、亡鋭次が原告代表者として行った本件契約の申込から本件申込書の死亡保険金受取人欄の受取人名の書き換え、その後半年も経過しない間の亡鋭次の胃癌による入院、入院後約一年余り後の死亡、亡鋭次死亡後保険金を被告が受領するに至るまでの一連の経緯、死亡保険金受取人を被告としていたことが原告側に発覚した後の亡鋭次及び被告側の対応等に照らすならば、本件契約の趣旨は、亡鋭次が死亡した場合に多額の保険金を原告にもたらし、経営基盤の不安定ないわゆる中小企業である原告が、代表取締役の死亡によって経営面で動揺しないようにすることを眼目とするものであることと、亡鋭次としても、その点は熟知していたが、自らの病気を知ってか何らかの理由によって、高額の本件保険金を妻である被告に受領させることを企図し、たまたま、原告の代表取締役として、本件契約事務を行う立場にあったのを奇貨として、ひそかに死亡保険金受取人を被告とし、それが発覚した後も、名義変更手続を求める原告側に対し、亡鋭次の病状に対する配慮や、代表取締役であることに対する信頼などから、右名義変更手続に必要な印鑑などの引き渡しをさ程強く求めなかった原告側の対応もあって、一日延ばしに引き延ばし、結局、自らの死によって本件の事態を発生させるに至ったこと、被告も、亡鋭次の死亡する二か月位前から、原告側からの説明で、本件契約の趣旨が前記のとおりのものであり、また、亡鋭次の責任において死亡保険金受取人を原告としなければならず、被告が死亡保険金を受領し得る筋合いのものではないことを十分に承知していたにもかかわらず、本件死亡保険金を受領したことが容易に推認されるところである。そしてこのような事情のもとにおいては、被告側が、亡鋭次による本件申込書の書き換えによって行われた、本件死亡保険金の受取人を被告と指定する行為が、有効であることを主張することは、原告との関係においては、著しく信義則に反し、許されないものというべきであって、その意味において、原、被告間においては、本件契約における死亡保険金の受取人指定行為は効力を有しないこととなり、結局、受取人の指定のない生命保険契約と同様の効果を生じるものとして、保険契約者、すなわち、原告を受取人であると解するのが相当である。

従って、被告は、原告との間においては、本件保険金のうち死亡保険金一億〇一〇〇万円については、本来、原告に帰属すべきであるにもかかわらず、何らの権限なくこれを受領し、その結果、原告に右同額の保険金の受領を不能にした損失を与えたというべきであって、被告は原告に対し、右金員の返還義務を負うものというべきである(なお、原告は、本件保険金のうち死亡保険金以外のものについても請求をしているけれども、これは、被保険者に帰属すべきものであることが前記の説示から明らかであるから、この点についての原告の主張は理由がない。)。

三  以上の次第で、原告の本訴請求は、本件保険金のうち一億〇一〇〇万円及びこれに対する昭和五五年九月二〇日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による法定利息金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

仮執行の宣言の申立については、相当でないから、これを却下する。

(裁判長裁判官 武田平次郎 裁判官 池田亮一 裁判官林正宏は転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官 武田平次郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例